吉藤川に沿って山の方へ登っていくと、菖蒲谷に行きつきます。
ここはかつて戦場の地で「勝負谷」とも呼ばれていました。
後に「菖蒲谷」と名前を変えたということです。
ここには「松船城」(松布弥・・という文献もあります)という城がありました。
この城は、河野氏が高縄山城から湯築城へ居城を移した時から、二つの城を結ぶ大事な中間地点となっていました。
4段の郭を構えた頂上には砦があり、のろしを上げた所だと考えられます。
3月6日午後、まち協スタッフ3名で「城山」登山を敢行しました。
急な山の斜面の足場のない道なき道を木の枝や蔓を頼りに、苦戦すること30分!
視界がようやく開け、頂上にたどり着きました。
頂上は、約60m×10mほどの広場になっており、櫟の巨木に囲まれていました。
まだ木々が芽吹いていないため視界がとても良く、足下には、潮見山、蓮華寺が見えます。
西方の遥かには、堀江の湾もはっきりと見えます。
しばらくの間、疲れも忘れて古へ思いを馳せました。
土地を詳しく知る人の案内がないと登るのは困難かもしれません。
もし近くを通る機会がありましたら、標高290mの城山を見上げて、地区の歴史を少し感じてみてください。
城山の全景
獣道を登ります
頂上 櫟の巨木と走り根
西方に見える堀江の湾
写真提供:まち協 友近
ここに郭? 昔をしのべ 枯れクヌギ
本当にこんなところに城があったのでしょうか
景色は抜群でしょうが、水もないのに…
でも確かに数段の郭の跡がありました。
冬枯れのクヌギの大木もそんな昔は知らないでしょう。